コピペ メモ

『ゲーテ』という雑誌ができたみたいで、その創刊号に村上龍の「無趣味のすすめ」というのが載っています。

まわりを見ると、趣味が花盛りだ。手芸、山歩き、ガーデニング、パソコン、料理、スポーツ、ペットの飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味の情報が愛好者向けに、また初心者向けに紹介される。趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子どもや若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう。



現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。だから趣味の世界には自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。

つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

タイトルなし

こんなかっこしてみたいと服を買う。 買ってみて感想は、好みとしてしっかりした素材 どう乱暴にきてもかっこいいもの 微妙なバランスじゃないもの

タイトルなし

例えば高速道路で追越斜線を走っていて、後ろに張りつかれた時、避けることじゃなくスピードを上げる事をかんがえる俺

続トイレ

アバクロ ワラワラ たくみ、くるま黄色ナンバー?1999ccまで。?

 映画、ドラマの筋書き、役者の名前の雰囲気からの記憶能力が自分は独特で高い

ここまで3件自宅トイレから。

ケイタイで書くとき、あわてて消去ボタンだけらは押さないようにすること

タイトルなし

何度も同じ事を繰り返し、考える。内容は小さくても楽しいこと、自分のひらめき、答えを何度も繰り返し考える。

 重複してるかどうかは全く考えず、どんどんメモに書く

タイトルなし

わからなければ、考えなければいけない。考えるには面白くなければいけない。面白いためには、興味が無くてはいけない。

自分らしくいる事をあきらめているから欲求は起こらない


 彼女が別に欲しくない
 服が別に欲しくない
 金 細かい事あまり考えない
 親戚の子 自分がばれるから恐い
 会社 いいなり
 初対面 消して自分を出さない
 基本的に人に自分を出さない
 本心は出さない
 人生にやる気がない

記憶も

 自分勝手に自分のめちゃくちゃな考えの方法で自分らしくいれば、よい。なんにでもあてはまる。それが自分らしいと言う事。自分らしい事が一番良い事 一番効率も生産性も良い事。

 記憶の仕方も幼稚でもめちゃくちゃなストーリーでも

 楽しいこと 自分が楽しい事が一番良い事

 記憶にも残る 吸収しやすい。


 自分を放したくない

 自分を放せば自分の良さはなくなる
 自分を放せば自分の型はなくなる
 自分を放せばそこに何の法則性もない

 素でただ自分でいればその場にはまらない

 だから自分を保存する事を意識し、崩さない事を意識し、形状を記憶して形をどんな風にも変えてまた元に戻るよう意識する。

 自分を、生きているのだ。それ以外に生きている意味は??ない。

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 要求。

 要求のようなめちゃくちゃを押し付けられてばかり。聞くと通る。

 

 何が望みと聞かれる。
 
 通るわけないと考える。間 に合っていないと考える。

 そういう頭つかってない

 要求がなければとおるもくそもない

 とおるかどうか?
 他人を推し量る

 そんなこと考えない。 冷たい世界という認識

 そこではじめてぴたっと認識ができるのか

関風ファイティング

 
 タイプが違う、否定してよいと割り切ってはいけない。その違ったタイプに社会の多くの面で劣ってしまう。(それは、その社会がそのタイプに牛耳られているからと言えるかもしれない。)

 いや、自分を否定する事こそが自分のタイプの市民権を奪っているその理由なのだ。自分と同じタイプの人間も貶めている。

 

華麗なる恋の舞台 紹介 おすぎと筑紫哲也

 
 映画評論家おすぎ
 適当に見ているだけではない。舞台女優出身だということまで知っている。しかし、そこまで知る事は必要な事なんだろうか?

 必要な事ではないと言えるほど、微々たる効果しか生まない知識だ。

 しかし、その微々たる効果を生かそうと言う自分がある時、それは積み重なって微々たる物ではなくなり、大きな効果のあるものになる。

 おすぎはそこまで考えているとも、義務感責任感で勉強をしているとも思えない。

 違うだろう。

 おれは色々な事に対して、どうも必要性を感じない。細かい事、どうでもいいこと。人が言うからやる。人がそれを大事だと思っている事はわかるから、そっち経由で自分の立場がまずくなるのがこまるから、やる。やらされている。それではいけないと思っている。

 もっとすんなり自分が必要だと思える瞬間があり、そう感じる事柄、それは自分が興味の持つものなのではないか。 

自分の型


 自分を見極めることはすごく大事か 死ぬ気でがんばれば何とかなると思っていたが、それは大雑把な事でものごとはピンポイントでないといけないらしい。多くてもだめで少なくてもだめで。

 だから自分を見極める事はすごく大事になってくる。自分を見極めていないと、どれだけがんばれるかがわからないわけで、自分の許容を超える場合に、それに合わせる事がもし必要だとしてもその場合は自分を守る事が優先されるわけで、そこでの判断をつけられないと困る。

 自分の型。
 自分のペース。

 楽しければ楽しいだけ代償を伴い、その代償を考慮して自分の許容内であればよし、そうでなければそれは楽しい事ではない。

 そうやって自分の範囲でも自分の型、自分のペースができて。

 

NHK教育の切り絵アニメを観て

 
 俺が何にも他人から見た視線を考えずぼおっと本音を口に出したら、どれだけバカらしいことか、どれだけ単純すぎる事か

 そういう考えが当たり前にはたらく


 むかしばなし
 今でも見る

 おでんくん
 あにめ

 たんじゅんで わかりやすい 刺激がない もの??

 
 面白いと本当に感じるもの。

 それが本当の自分の興味であって。

 それが自分への手がかりであって。
 
 それは自分の個性であって。

 
 にぎやかに、どんどん自分の領土を広げて、

 お構いなしのふるまいをして、

 そう感じるもの。

 興味のわかないもの。

 興味の湧かないものと感じる事も自分の個性であって。




 …パワーが少ないということにはならないだろうか?
 全てに対して同じように興味が薄いということではないだろうか?
 →そうして無理して興味をも と うと努力して自分の興味を見失う

 

 

 

たそがれ清兵衛

 
 清い心を持っても、自分の型を持ってなければ誰とも解り合うことはできない。

 自分の型を持っていれば、いつか誰か分かり合える人間が現れる。通じ合える人間に出会える。

 自分の頭で考えてない。

 自分の法則を生きてないと何の筋も立たない。

 「俺の型」とは何か?

 


 自分の道を通されなくても
 
 自分は自分の道を通さなくては → 自分の型を維持できない。


  

タイトルなし


 忘年会 帰りに顔に本心が出た。

 社長のビールはキリン 自分の決まりに従っている

 会社について車のシートで少し寝た

 高速は思考停止しながらとばした

 これが本当の俺

 無理をする と、自分なりにやる

 成長しなければいけないんじゃない?
 
 無理をしているんじゃないか

 自分を生きていない?

 俺は生きているのか?

 本当の俺は本当に未熟でこもっている

 一般的な太いラインに当然みんな収まっている
 
 そんなにびっくりする?びっくりするみたいだ

 濃度が薄すぎる

タイトルなし


  (ポスト素材提供)

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